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Channel: 平山トオル オフィシャルブログ「通る 徹る 透る THROUGH PASS CLEAR」

音楽劇『ダ・ポンテ』ついに開幕‼️

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音楽劇「ダ・ポンテ」開幕まであと2日と迫ってきました。
これまで様々な舞台に立たせていただきましたが、この間、稽古場最後の通しをする時にふと僕は幼い頃長年夢だった大きな舞台にこうやって立ってるんだそしてまた新たな輝かしい舞台に立つんだと改めて感じ、心の底からエネルギーが湧いてきて、最高の舞台にするんだ!!という気持ちがより強くなりました。
毎日がトライだと思ってやってきた1ヶ月半。
ついに幕が開きます。

素敵な実力派のキャストの皆さんと熱々な稽古を繰り広げてきました。皆さんが個々にそれぞれ本気で稽古に挑んでいっていて、新作だけにたくさんの試行錯誤も繰り返し、何度もより良い形を皆さんでトライしてきました。
そしてそれはずっと最後まで続いています。

まずはプレビュー公演からスタート!
皆さんに楽しんでいただけるよう自分の役目を精一杯努めていきます!

ご来場にくださる方は、制作からのお願いがありますので、画像のお願いを一読ください。



↓こちらはローソンチケットの稽古場レポートです!
https://engekisengen.com/genre/play/58778/


そして、今回、音楽劇「ダ・ポンテ」に出演するにあたり改めて伝えたい人に伝えたいことがあります。

以前毎日新聞の記事になったことと重なることもあるんですが、
僕は約10年前小学校の先生という職業を自主退職しました。あの時僕は自分の生徒たちに100%捧げていました。そこに全くの嘘はありません。本気で教育という仕事に尽くしていました。だからこそ自分に違和感があった。
「みんな!夢は必ず叶うって自分に言い聞かして本気でやれば必ず叶うから。絶対諦めんなよ。」
そう言いながら、その言葉に違和感を感じていた。
その頃まだ自分の本当の心には気づいてませんでした。なんか妙に現実的に社会を見ていた。何の努力もせずに夢をあきらめている自分がいたんです。子どもたちに語り、直向きに夢に向かって頑張る子どもたちを見ながら、その違和感が大きくなってきて、自分が1番の嘘つきだと思うようになった。
「何の努力も何の実現もしていない自分が子どもに夢なんか語れる資格はない。」
そう思った頃にお告げのように選択を迫られる出来事が次々と起きてきたんです。
それで、「これはもう今しかない」そう思い、すぐに校長に辞任の意を伝えてその年度いっぱいで教員を辞めることにしました。
自分で決めたとは言え、辞めることはつらく、子どもたちも先生たちも親御さんたちも裏切る気持ちにもなりました。

「学校は楽しいところなんだ、友だちって良いんだよ」って伝えたくて1年間ずっと気にしてきた担任をしていたある子どもから辞任する3月の終業式後に手紙が届きました。
「学校楽しくなかったけど、先生が担任の先生になって学校に行くのが楽しくなりました。先生が担任の先生でよかったです。来年も先生のクラスが良いです。」

この手紙を読んだ時とにかく辛かった。自分で決めたことだけどすごく裏切った気持ちになりました。「何で辞めたんですか」と親御さんたちに言われながらも「でも先生の夢は応援してます」そう言ってくださり送迎会まで企画してくださいました。

だから、それがあったから「僕は絶対に諦められない。絶対にこの夢は叶えなきゃいけない。」そう思えたんです。
ここで僕が諦めたら僕はただ逃げた人になる。
そんなのはダメだ。そういう気持ちで「必ず必ずたとえ1mmでも夢に近づいてやる。」そう思ってきたし、今もそう思ってます。

まだまだ俳優として売れてないし、目標まではまだまだ道のりは長いけども、でもここまでも必死に全力で歩いてきたし、これからも全力で歩いていく。

僕には夢を叶えるまでに幾度と壁がありました。

躁鬱病、自律神経失調症、喘息、メニエール、神経性胃腸炎など。もちろんミュージカルに関しても全くレッスンなど言ってなかったので、ミュージカル発声、ダンス、芝居の技術面も。

これらはもちろんまだまだずっと向き合っていくことではありますが、
特に、18歳から持病だった自律神経系の病気(躁鬱病も含む)に勝つのにはとてもきつかった。
でもこれをクリアしないと夢は叶えられない。
そう思ったから必死に病気について勉強して調べて、たくさん自分と向き合い、自分の強さ弱さ、性格、トラウマ、生活習慣色んなことに向き合って、やっと数年前に克服しました。もう20年近く闘った病気にやっと勝ったんです。

そして手に入れた今回の舞台。まだです。まだこれからです。もっともっともっともっと自分を高めていってもっともっと次々に夢を実現していく。
だから、そのためにもまず今回の舞台。
これをしっかり務め上げて、お客さんたちの生きる糧になる!!
俳優の仕事は今ある仕事にとにかく全力を尽くすそこに尽きると思うし、その積み上げ。そう思ってます。

今なら言えるあの時の教え子たちに
「夢はあきらめなければ必ず叶う。自分次第だ。自分に打ち勝って何年かかろうが絶対に叶えてやる。今に満足しないで常に挑み続ける。そういう覚悟で臨めば必ずその日が来る。」

人生は常に冒険だと思う。
楽しく一生懸命そして何があっても人に優しく誠実に頑張って生きていこうね!
またみんなとそうやって話ができる日を楽しみにしているよ。みんなのおかげで今があります。
ありがとう。

さて明日から音楽劇「ダ・ポンテ」開幕だ!
明日からもこれからも「より良く」を常に持って暴れてきます!
「ダ・ポンテ」そして、「平山トオル」をお楽しみに!!
うおおおおおおーーーーーー🔥🔥

平山トオル










音楽劇『ダ・ポンテ』2日目

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音楽劇『ダ・ポンテ』2日目が終わりましたよー!





こちらはオープニングナンバーの時の僕☺️




こちらはローゼンベルク劇場支配人の時!


観に来た皆さんは見つけましたか????☺️


このほかにも色々と役やってますから、是非みなさん見つけてくださいね!

Twitterで「平山トオルを探せ」やってますから参加してね♪

 

 







こんな感じでこれからも公演あります☺️

どこも楽しみ♪

『ダ・ポンテ』の人間臭い生き様がきっと皆さんの心に響くはず☺️


そして、僕の弟で劇団四季劇団員の「平山祥」が、現在「ジーザス・クライスト・スーパースター」に出演中!!


ネットから拝借


どうやらいいポジションでやっているらしいので、観に行く方いらっしゃいましたら僕の弟見つけてみてくださいね♪☺️


ちなみに弟はこちら。


兄弟ともども頑張ってます!

弟のことも応援よろしくお願いします☺️


さて明日も思いっきりやるぞー!


平山トオル

不思議

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自分という人間が分からなくなった時、何に頼る?

何を基準に自分という人間を定める?


小さい頃から不思議だった。

なぜ人間は存在してるのか。

なぜ人間だけ話せるのだろう。

どうやって人間はできたのだろう。

なぜ僕はここに存在してるのだろう。

この意識は何が動かしてるのだろう。

何で小さなことで悩んだり喜んだりするのだろう。


不思議ばかり。

考えても答えのない世界。


どうせどんなに考えても分からない存在だから、もっとでっかい何かがきっと自分を動かしてるんだろう。


だから頼れば良いんだ。運命ってやつに。

きっと思うがままにわがままに生きたって、逆に慎重に真面目に生きたたって、決まった運命は変わらない。

何か大きな存在が僕の未来を決めている。


だからとにかく一生懸命何かがあると信じて生きよう。


そんなことを最近いつも考える。


そんな愛知1日目の夜。

優しい世の中

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僕は小さい頃


「カッコつけ」

「お前女か」

「なんで女とばっか一緒にいるんだよ」

「男がおままごとかよだせえ」

「足遅運動音痴」

「泣き虫」


こういったようなことでよくいじめられた。


何度か僕は女かも知れない。

なんで女じゃないんだろう。


そんなことに悩んだことがある。

悩んだけど

僕は心から自分を女だと思ったことはない。

いまでも姿も気持ちも男だ。


でもなんで女じゃないんだろうは何度も思った。


スポーツは苦手だったし、好きな趣味はほとんどが女の子が好きな趣味だった。

料理、お菓子作り、ピアノ、おままごと、歌、楽器、裁縫、買い物。

唯一プラモデルやパズルだけは男の子の趣味だった。


どんなにいじめられても、僕はいじめられてる意味が分からなくて、なんで僕はいじめられてるんだってずっと悩んだ。


スポーツできなくていじめられてもスポーツをだからやりたいとは思わなかったし、おままごとをしてていじめられても、おままごとをやめたいとは思わなかった。

それよりも自分が好きな事をしたいが優先だった。


でも中学ぐらいからかその気持ちが少しずつ変わった。

あれは今思うと中学や高校、大学の友達のおかげかも知れない。


お前は絶対スポーツできればモテるから、スポーツ一緒にやるぞ!

とか、

もっと男らしくこういう態度にした方がいいんじゃない?

とか、

イメチェンさせるから一緒に服買いに行くぞ

とかそういう友達がいた。それで少しずつ男っぽくなったように思う。


それでもその時も今でも好きな趣味は変わらない。

舞台で女装の役とかあると嬉しいと思う自分がいる。


でも女ではないし、いつも女装したいとは思わないし何より僕は男だ。


今だからこそこんなこと書いてるけどつい最近までこういうこと言えばきっとイジメられると思っていた。

今も少しその気持ちがある。


それはもう幼少期のあのトラウマが頭に残っているのだから仕方がない。

それでも嘘ついたってしょうがないし、今は昔と比べてそういう男がいてもあまり気にされない世の中になった。

だから言いやすくなった。


でも分かってほしい。

僕らみたいな人間は小さい頃からものすごく悩んで生きてる。

みんなの前で笑顔だからって好き勝手生きてるわけじゃない。ものすごく悩んで生きている。


ある人にとってちょっとした一言であっても、それが幼少期にトラウマになった言葉と同じ言葉に重なりフラッシュバックして一気に辛くなることだってある。


何度も何度も女に産まれるか、もっと男らしい才能を持って産まれたらよかったのにと悩む。


人には僕が男らしく見えてるかも知れない。

でもどんなにそう見えていても、自分はそんな思い出からそうは思えていない。


そうやって人は見かけによらずものすごく悩んでることがある。

ものすごく悩んでいる。


だからね。

見かけで判断して欲しくないんだ。

見かけで悪者扱いして欲しくないんだ。


ちゃんとその人を知ろうとしてほしい。

お願いだからもっと発言する前に本当にその言葉がその人にかけていい言葉か真剣に考えてほしい。


あなたにとっては軽い一言。当たり前の一言であっても、その人にとってはトラウマかも知れない。

そんな事を頭のどこか片隅に置いておいてほしい。

だからって考えすぎたら何も言えなくなるのはわかる。

だから、いつも常にとは言わない。

どこか片隅に置いておいてほしい。


言ってしまって気づいたらその後優しくしてくれればいいから。


そうやって、みんながみんなに優しい世の中になってくれたらいいなって思う。


「君たちはどう生きるか」を観て。

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ネタバレありますので、ネタバレしてほしくない人はこれ以上読んだらダメよー。












「君たちはどう生きるか」

2回目見てきました。


1回目で全然分からなかったので原作「君たちはどう生きるか」を読み進めてみてからまた見に行きました。

それでやっと色々と見えてきたし、ものすごく面白いなあと思いました。

多分もっと原作読み込んだり、色んな人が言ってる「失われたものたちの本」も読むとさらに変わるのかもしれないけど、とりあえずキーになるものが何かが分かったので僕なりの解釈を書くと、



この映画のキーになるのは「石」です。

多分多くの人が、あの頭にぶつける石🪨はなんで?と思ったと思うし、

冒険を邪魔する石とか、積み木の石とかがなんなのか分からない人多かったと思うんです。


逆に言えばだからこそ2回目見たほうが分かりやすいということでもあるんですが、


あれは大叔父が言う「悪意のこもった石」がヒントです。

石は石ではなく「意思」なんです。

積み木が木じゃなくて石なのもそれがあるからですね。


初めの嘘をついた頭を叩いた石に「意思」をかけて、真人の「悪意のある意思」を象徴してます。

「石は痛い=悪意のある意思は心が痛い」とかけ合わさってるんです。


なので、冒険を邪魔する石たちは悪意の石(意思)であり、真人の善意を意思を邪魔する石なわけです。


大叔父に会った時に大叔父が見せた石は悪意のこもった石で、真人は「この石は悪意のこもった石だからもらえない」と言います。

大叔父が「これが見抜ける君だからこそ継いでほしい」と言います。

あれは大叔父の意思ではなく真人の意思です。


真人はあそこで人間として成長しようとしているわけです。

「僕は嘘をついたけど、もう嘘はつきたくない。正直に生きたい。」

そういう意思が「悪意のこもった石はいらない」につながってるということです。

そのあとまた大叔父に出会った時大叔父が

「ここにある石は時間をかけて探してきた悪意のこもっていない石だ」と新しい石を真人に提示します。

あれは、「自分の心を掘り下げて考えて探した自分の正直で素直な意思=悪意のない石」という意味で、実はこれに似た話が原作「君たちはどう生きるか」に出てきます。

大叔父は「この石を積み上げてほしい」と願い真人と分かれます。

そして壊れていく石たちはこれはもう分かると思いますが、全て真人の「悪意に満ちた石=意思」

つまり真人は嘘の塊を捨てて、正直に生きようと決意したということです。


しかし最後に真人は石を一つだけ持ち帰ってきてしまいます。

これは「忘れられない母への寂しさ」の石ですね。

ここだけは人には言わないけども僕の中にずっと残しておきたい嘘(秘密)の意思ですね。


これが分かるだけで「君たちはどう生きるか」の見方が数倍変わると思います!!


まだまだ隠された秘密はたくさんあると思うので僕も原作とか読んで探してみたいと思います!


しかし、「正直な素直な自分独自の意思を持って積み上げなさい」って、


まさに「君たちはどう生きるか」

ですよね。


深いなあ。


音楽劇『ダ・ポンテ』ありがとうございました。

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先日大阪新歌舞伎座にて

音楽撃『ダ・ポンテ』が大千穐楽を迎えました。


0から作り出したこの作品の一部になれたことに本当に幸せを感じています。


たくさんのお客様にお越し下さり、お客様の笑顔、拍手からたくさんの力をもらいました。

お越しくださり本当にありがとうございました。


毎回思うのですが、舞台は本当に1人だけでは決して作れなくて、キャストだけでも作れなくて、たくさんの支えがあって成り立ちます。

一見見落としがちになる部分にもたくさんの人が関わっています。

まず最初にこの情報を知るチラシには、カメラマンやチラシデザイナーの方やその写真を撮る際のスタッフの方、チケットを買う時にはチケット受付の方々チケット会社の方々、会場に向かう時にいらっしゃる案内スタッフの方々、それからパンフレットのデザイナー、カメラマン。舞台を見てすぐに見えるステージの装置には、それをステージ上に建てる舞台部さんはもちろんなこと、その設計をする美術さんやそれを作る舞台装置作製の方がいらっしゃいます。

それから照明さん、音響さん、そして、舞台にバンドメンバーが現れ、キャストが現れ、そのキャストの着ている衣装デザイン、カツラデザイナー、ヘアメイクにも多くのスタッフな方が関わり、舞台を進行するための舞台監督さんや劇場さんや演出部さん、早替えに関わってくださるスタッフさん、そして僕らが話すセリフや歌には、脚本家さん演出家さん作曲家さん、そしてこの舞台をまず行うということ大元から関わる主催者さん、プロデューサーさん、制作スタッフさん他にももうここに書ききれないぐらい途方もないぐらいたくさんの方が関わっていて、もちろんのこと見にきてくださるお客様皆さんがいないとこの舞台は成り立ちません。

この全てが揃わないと音楽劇『ダ・ポンテ』は成立しない。

だから舞台に立つということは本当にすごく贅沢なことをしてるっていつも思うんです。だから毎日お会いする一人一人に感謝していてこの舞台に関わる今会えない方々も含めて全ての方に常に感謝の気持ちを忘れちゃいけないぞと思いながら舞台期間を過ごします。


そんな大きな舞台の作品、しかも新作に関われるということは幸せなことで、本当に贅沢な時間でした。

お越しくださったすべての方、『ダ・ポンテ』に関わったすべての方に心から感謝いたします。ありがとうございました。


さて、僕は今回主に「ローゼンベルク劇場支配人」という役を担っていましたが、他に実は9役やっておりまして、全部で10役演じました。

全てを正確に見つけられるのもなかなか難しいと思うのですが、ここで紹介します!

ご覧になっていた方も全て合っているかチェックしてみてくださいね!



○M2 「来たぞニューヨーク」でのニューヨーク警察官

「そう!昼も夜も眠らない街!」とソロも歌っていましたよ☺️

袖にハケる寸前にダ・ポンテが2階部分に貼ったドンジョバンニのチラシを「勝手にこんなとこに貼りやがって!」と怒りながら剥がして立ち去ります!

見つけましたか?☺️



○「ローゼンベルク劇場支配人」

こちらが1番出番の多い役です。

史実に基づいた実在した人物で、ヨーゼフ2世に仕えたオペラ劇場の劇場支配人。

劇中ではちょっと頭のお堅い感じの役人というような感じで演じていました。

ダ・ポンテの宮廷詩人に採用することに大きく反対。ローゼンベルクは元から詩人であったカスティ神父にオペラの台本もずっと書いてもらえば良いと思っていたそうです。実は、、、ヨーゼフ二世が亡くなった後、ダ・ポンテだけでなくレオポルトによってローゼンベルク劇場支配人やカスティ神父も更迭となり、ウィーンの芸術の重要度が大きく下げられることになります。



○審問所の副審問官

早替えすぎて写真が撮れずに写真はありません😢

ダ・ポンテの女たらしっぷりが暴かれる審問所の副審問官として下手の方に登場します。ヴェネツィアから追放と言い放たれたダ・ポンテを捕まえて上手の方に連れて行く1人です。


○M7言葉の媚薬

ダ・ポンテの賭け事をするシーンで、賭け相手の仲間として後ろで賭けを見ている男として登場します。



○同じく「言葉の媚薬」

同じナンバーで、後半、ラブレターを代筆してもらう男として登場しそのままダポンテに魅了される男としてダポンテを追いかけ、メロメロにされて去っていきます。


○ガストハウスの客

これまた早替えすぎて写真がないのですが、ガストハウスのお客として登場し、「フィガロの結婚」創作現場に立ち合います。「フィガロの結婚」登場人物紹介では主人公「フィガロ」とダ・ポンテに言われる男です。


○M14「ようこそウィーンへ」

上流階級の人として岡本華奈ちゃんと一緒に上手から登場してペアダンスを少し踊っていました☺️


○ダ・ポンテの若い頃の回想シーン

これまた早替えで写真がないのですが、

ここで、若ダ・ポンテをいじめて月桂冠を踏んづけて踏み潰す学生役です。




○シカネーダー

シカネーダー劇団の団長で、脚本家で俳優。実は10役の中で1番キャラ付けに苦労した役でもあります笑

今回の舞台での課題は、10役をいかに同じキャラクターに見せずにやるかだったので、同じじゃないかつ、不自然じゃなく、シカネーダーとしてそこに存在できるように色んなキャラクターを試行錯誤しました。

結果的に皆様に楽しんでいただけたようで良かったです☺️



○一瞬だけ登場するウィーン警察。

追放中のダ・ポンテを見つけて後を追いかける警察です。


○レクイエムで祈る人々。

黒衣を纏って、モーツァルトの葬儀に参列します。


あ、こうして数えると11役やってましたね笑

着替えだけでいうと15回着替えておりました笑


裏でお手伝いしてくださる衣装さん、ヘアメイクさん、マイク担当音響さん、明かりを照らしてくださる舞台部さんがいなければこの早替えは絶対にこなせませんでした。

本当に感謝しています。


どの役もすごく大好きで愛しい役たちです。

みなさんは全て見つけてくださいましたか?😁


ご来場くださって本当にありがとうございました。

さて次は「キャメロット」!!

切り替えてまた新たな作品に挑んでいきます!


平山トオル

キャメロット開幕しました。

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こんにちは。


現在ミュージカル「キャメロット」出演中の平山トオルです。






今年で小学校の教員を辞めて10年目です。

10年目にこんなことになってるなんてあの頃は想像もできていませんでした。


10年いろんなことがありました。

人間としていろんなことを学んだ10年でもあります。

今思うとよく27歳からこの世界に飛び込もうと思ったなと自分で恐ろしいことしたなと思い返します笑


でも、僕にとって大事なことだったなとも思います。

この世界を目指していなければ、今の「平山トオル」は存在しなかったわけで、今ごろどうなっていたかわかりません。


苦手の克服、病気の完治、トラウマからの脱却、いろんな人生との出会い、ほんとに多くのことがありました。

これに関してはこちらの記事でもう少し詳しく書いてます↓




今回のミュージカル「キャメロット」に出会ったのはなんだかすごく運命だなと感じるんです。

キャメロットが僕らに伝えるメッセージは今の世界にも、今の僕にもものすごく刺さるものがあります。

愛とは何か、正義とは何か、平和とは何か、そして何より大事なことを最後に僕らに訴えかけてる様に感じるんです。

今ここにきて僕が感じ始めた悩みにものすごく後押しをしてくれる言葉でもあって、出会うべきして出会ったんだろうと感じずにいられません。


今回ご一緒する共演者の方々にもたくさんのパワー、エネルギーをもらっており、そして運命も感じています。

15年ぶりに共演する人、弟と昔共演してた方、前作からの共演者、戦友の大親友、同僚の教え子、師匠の親友、師匠の親友のお弟子さんなど、ものすごく繋がりが強い方々が本当に偶然に集まったなあと感じていて、何かこれが僕にとってのきっかけになるんだろうなと感じます。


僕の描いている夢はまだまだ先に続きます。

もっともっともっと人として、役者として成長していくために、明日も来てくださるお客さんのために精一杯の魂を込めて尽くします。







休演日に自分の一族のルーツを調べてみた。

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前からずっと自分のご先祖さまはどういう人たちだったのだろうということに興味があったけど、まあ大体の人は真面目に子孫に一族の記録を残していかないから、よく分からなくなっていますよね笑

僕の家もずっと昔の記録は残ってないので、分からずじまいでした。

でも前から知りたくてちょいちょい調べていたのだけど、全然見つからなくて、今日ようやくほぼ確定の文献を見つけたんです。




平安時代末期から勢力を拡大していた、武蔵七党(武蔵国に発生した小武士団)のうちの西党に日奉宗頼の子孫に平山武者所季重という方がいたと書いてある。


この方がご活躍されて上皇を守る衛士(武者所)を務めていたそうなのだが、その一連の活躍で平家が没落し、勲功を与えられ、筑前国三笠郡の地頭職に捕任されたとある。


僕の父親の実家である朝倉郡夜須町(現、筑前町)は、昔は夜須郡で、三笠郡のすぐ隣にあったとされることから、夜須やこの周辺に多い苗字である平山姓はこの方の末裔と考えるのがどうやら強い説のようです。


そう考えると平安鎌倉の時からある苗字からのルーツなので、ご先祖様の情報が残ってないのも当たり前だなと何となく納得したのでした笑


それから840年近く経ってるわけですから、その途中どういう経緯を辿って僕まで繋がってきたかは全然分かりませんが、この由来「かも知れない」だけども、「かも知れないルーツ」を知れたのはなんか嬉しい気持ちになりました☺️


でもそう考えるとなんか今東京に僕がいるのは感慨深いなあと感じます笑

あと、僕割と人の助けになる仕事をしたいなと思う性分なので、ご先祖様がそういうお仕事をされていた「かもしれない」と思うと、ご先祖譲りなんだなと勝手に妄想を膨らますのでした。


そして今の舞台でも陛下をお守りするお仕事をしているのでした。


てなわけでそんな休演日でした笑




それでは明日は東京千秋楽!!

明日もアーサー様をお守りしてきます!!


平山トオル


#キャメロット



魔女の宅急便 千穐楽

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ミュージカル「魔女の宅急便」無事千穐楽を迎えました。

たくさんの方々にお越しいただきありがとうございました☺️

自分の大好きな「魔女の宅急便」という作品に出演できたこととても幸せです。



こちら制作さんが作ってくださった星取表(公演が終わるたびに印をつけていく表)

可愛らしい星取表でみんなが毎日公演が終わるたびに写真を撮っていました。

僕は10日13:00の回で登場しています💐


まず観に来てくださって感想を聞けた全ての方が「この舞台を見れて良かった。とても幸せな気持ちになった。」と言ってくださったことがとても嬉しかった。

そんなに全てのお客様に刺さる作品って滅多にないです。もちろん僕が聞いた限りなので全てではないとは思います。でも少なくとも僕が聞いた限りでは全てそう言ってくださった。それはすごいことだなと思います。


その要因は色々あると思いますが、1つは日本人が作った日本人の原作で、本も音楽も含め日本人の方がミュージカル化したということもあるんじゃないかと思います。

やはり同じ環境で育った人だからこそ伝わるものってあるんじゃないかなあと思うのです。原作も脚本も音楽も振付も映像も全てが心に染みて素敵だなあって感じます。はじめのキマコの町の映像とかもう日本ですもんね🏡


そして、何より今回集まったスタッフの方々を含めメンバーの力だと思います。

中には前の方が良かったと言う人もいるかもしれません。もちろん過去の「魔女の宅急便」も素敵だったことは間違いなく、その積み重ねがあるからこそ今回の舞台があることは間違いありませんが、今回の出演者は過去の魔女の宅急便に出演していた人を含め全てのキャストが前を向いていました。「過去の方が…」なんて言う人は1人もおらず、今の自分、今のメンバーでできる最高のパフォーマンスを求めて進んでいました。

その力が集まって今回のミュージカル「魔女の宅急便」が完成したんだと思います。


全てのキャストの方とまたおんなじ舞台に会いたいなあって思える素敵なキャストの方々でした☺️

最後全員で舞台に立てなかったことは非常に残念でしたが、でも確実にその想いは舞台の上にあり、確実に今回の出演者全員の力が集まってできた千穐楽でした。

今回見にきてくださったお客様、そしてスタッフの皆様出演者の皆様本当にありがとうございました‼️


演出脚本の岸本さんがお話しした「夢をたくさんの人に語れば現実にならなくとも確実に夢に近づく」という言葉が僕はとても心に残っております。

僕も小学校の先生を辞める時子どもたちに同じことを言ったんです。

「夢は思っているだけじゃいけない、自分の夢を多くの人に語ってほしい。そうすればきっと色んな人が助けてくれて夢が叶う。」

そう。自分の力だけでは夢は叶えられない。たくさんの方の助け支え縁があって夢は叶う。

ミュージカルはそんなことを形に表したようなもので絶対に1人では作れないことが目に見える。

だから僕はミュージカルが好き。




最近割と踊る舞台に出演してるんですが、何故か僕のお客様は毎回「トオルくんめちゃくちゃ踊ってたね。新鮮だったよ」と言います。
いや「キャメロット」も「クリスマス・キャロル」も結構踊っとったで!!!笑
それぐらい僕には踊るイメージがないということですね笑

最後に今回僕の出番で気づかなかったところがあったとしたらここかなとしたらここかなというところは、冒頭の黒ずくめの人です。
最初に6人のローブを着た黒ずくめがでてきて真ん中で歌っていたのが僕です。

気づいた方々はありがとうございました😁

それでは、次はミュージカル「クラスアクト」に向けてまた進んでいきます!



これからも応援よろしくお願いします☺️


平山トオル

「良い」と「悪い」の選択

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久々に普通のブログを書いてみようかと。


僕はですね、


何かに「良い」とか「悪い」とかつけるのはおかしいなあって思う人なんです。

というか勿体無いなあって思うんです。


だってね、例えば「すごく汚れた靴」を履いてる人がいるとします。


ある人が

「見た目はすごく美人だけどこんな汚い靴を履いてるなんてすごくだらしない人だ。」

って言ったとする。


その瞬間そこにいる人たちはきっとほとんどの人が

「え!そうなの!?意外ー」とか

「わ!そうなんだ。ははは」とか

まあ少なくとも否定とは捉えない返事をすると思います。


でも心の中はどうだろう?

多分本当に「だらしない人」と捉える人もいるだろうけど、

「靴をボロボロになっても最後まで大事にする人だ」

と捉える人もいませんか?


僕はこんなことが日常に山ほど転がってるって思うんです。


物事に「良い」、「悪い」を付けてしまうと、それだけで価値がすごく狭まって決まってしまう。

って思うんです。


自分の見えてるものって、自分の価値でしかなく、自分の経験でしか見えていない視野が狭いものだと思ってるので、僕は意識的にあまり物事に「良い」「悪い」を付けないようにしてます。


芝居でも僕は付けません。

だから色んな「良い」や「面白い」を用意しておこうって思うタイプです。

どれもきっと正解だから、正解をいくつも用意しておこうって思うんです。「悪い」はないんです。


ある人にとっては正解だけど、ある人にとっては不正解が日常であるのならば、不正解を作らず、正解をたくさん作ってその中から選んでいくのが良いなあって思うんです。


それが「良い」とか「悪い」ではなく「面白い」とか「心に響く」に行けたら良いなあと思うので、そうしてます。


人生の選択もそうなんじゃないかなあって思うんです。

不正解な人間なんていないし、そんなの作るの間違えてると思ってます。

でも、「面白い」とか「心に響く」人には憧れるので、自分もそういう選択ができる人になったら良いなあって。


でも人って生活してるとやはり何か道標が欲しくなるもので、ついつい「良い」「悪い」を作っちゃう。

そんな状況を自分が作ってしまう時にすぐにそんな自分に気づける人になれれば良いなあってそんなことを考えたりする今日でした。



おやすみなさい💤


平山トオル





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