こんばんは。
夜に部屋の片付けを始めたから、片付かなくて寝られない平山です。
前は気づけなかったけど、今だから気づけることって色々ありますよね。
僕は3月まで、横浜市の小学校で先生をしていました。
今では何だかそんな自分が信じられないぐらいです。
元々、自分がやっていることが自分には間違いでないという自信はあったけれど、自分が人様のお手本になるということにとても自信のない人間だったので、小学校の先生は無理だと考えていました。
三年間音楽の先生をやって、去年一年間は、担任をやりました。
基本的に僕は子どもが好きなので、子どもと一緒にいること自体はとても好きでした。
退職するまで、俺はこの子達のために全力で尽くせたのだろうかって何度も自問しました。
もちろん辞めると決まってからは、もう全力だったので、そこにはやり残した感はないのですが、それまでがどうだったかと何度も感じました。
でも、退職で片付けてたら、子どもたちからもらった手紙がいくつも出てきました。
当時、読んだときは、多分嬉しかったけれど、もっとたくさんの子から手紙がもらえるような先生になりたいとかそういうことしか考えてなかったような気がします。
だけど、今思うと違うと感じました。
自分のやる音楽の授業に楽しいと感じてくれる子がいる。
ぼくが指導する鼓笛隊にやりがいを感じている子がいる。
ぼくが指導する合唱団に憧れをもつ子がいる。
ぼくが指導するクラスに居心地のよさを感じている子がいる。
例えそれが、一人でも二人でも自分のことを慕ってくれているその子達にすごく感謝しなければいけない。
そして、それはものすごく幸せなことじゃないか!と。
そう今は感じています。
もしかしたら、最初はそうだったのかもしれません。
でも、先生やってるうちにそういうこともら、もしかしたら麻痺してたのかもしれない。
ぼくがもらう子どもの手紙は実はいつもあまり長くはないです。
なんで長くないんだろう。
べつに出さなくて良いと思ったけど出したのかな。
とか考えたりしてたけど、出したくないのに出す人って、ましてや子どもならないと思うんですよね。
何って言われたら思い出せないんだけど、でも何か先生と一緒にいたことが楽しかったんだ。
すごくお世話になったんだ。
何かそういう気持ちがまとめきれず、収まってるんだろうなって何か自分よがりだけど、そんなことを感じて。
でも、なんでそう感じたかって言うと、自分も子どもたちに対して、そうだからです。
もちろん思い出せば色んなことが浮かんでくるけど、その一つ一つというよりかは、この子達と一緒にいられたことが幸せだった。
泣いたり笑ったりしたけど、本気でぶつかってきたから、心が通ってた。
もしかしたら、こういうのってもうちょっと時間が経たないと実感がわかないのかもしれないけれど、本気でぶつかった子達の名前は絶対忘れないし、きっと子どもたちも忘れないでいてくれると信じてる。
きっとまた大人になって会って、色んな話ができるんじゃないかな。
そう信じて止まないです。
本当はみんなにまた会いたい。
あって、先生としてではなくて人対人として色んな話がしたい。
人と人は助け合って生きてる。
僕もみんなに助けられた。
希望をもらえた。
だから、会ってたくさん感謝したい。
僕を慕ってくれて、ありがとう。
僕もみんなのことが大好きだ。
そんなことを、今夜はまた思い出して、過去に耽ってしまいました。
僕にとっては贅沢な4年間でした。
これからは、夢はやる気になれば絶対叶うんだってことを、身をもって子どもたちに証明するんです!
夢に向かって、突き進もう!
先生は頑張る!!
Android携帯からの投稿
夜に部屋の片付けを始めたから、片付かなくて寝られない平山です。
前は気づけなかったけど、今だから気づけることって色々ありますよね。
僕は3月まで、横浜市の小学校で先生をしていました。
今では何だかそんな自分が信じられないぐらいです。
元々、自分がやっていることが自分には間違いでないという自信はあったけれど、自分が人様のお手本になるということにとても自信のない人間だったので、小学校の先生は無理だと考えていました。
三年間音楽の先生をやって、去年一年間は、担任をやりました。
基本的に僕は子どもが好きなので、子どもと一緒にいること自体はとても好きでした。
退職するまで、俺はこの子達のために全力で尽くせたのだろうかって何度も自問しました。
もちろん辞めると決まってからは、もう全力だったので、そこにはやり残した感はないのですが、それまでがどうだったかと何度も感じました。
でも、退職で片付けてたら、子どもたちからもらった手紙がいくつも出てきました。
当時、読んだときは、多分嬉しかったけれど、もっとたくさんの子から手紙がもらえるような先生になりたいとかそういうことしか考えてなかったような気がします。
だけど、今思うと違うと感じました。
自分のやる音楽の授業に楽しいと感じてくれる子がいる。
ぼくが指導する鼓笛隊にやりがいを感じている子がいる。
ぼくが指導する合唱団に憧れをもつ子がいる。
ぼくが指導するクラスに居心地のよさを感じている子がいる。
例えそれが、一人でも二人でも自分のことを慕ってくれているその子達にすごく感謝しなければいけない。
そして、それはものすごく幸せなことじゃないか!と。
そう今は感じています。
もしかしたら、最初はそうだったのかもしれません。
でも、先生やってるうちにそういうこともら、もしかしたら麻痺してたのかもしれない。
ぼくがもらう子どもの手紙は実はいつもあまり長くはないです。
なんで長くないんだろう。
べつに出さなくて良いと思ったけど出したのかな。
とか考えたりしてたけど、出したくないのに出す人って、ましてや子どもならないと思うんですよね。
何って言われたら思い出せないんだけど、でも何か先生と一緒にいたことが楽しかったんだ。
すごくお世話になったんだ。
何かそういう気持ちがまとめきれず、収まってるんだろうなって何か自分よがりだけど、そんなことを感じて。
でも、なんでそう感じたかって言うと、自分も子どもたちに対して、そうだからです。
もちろん思い出せば色んなことが浮かんでくるけど、その一つ一つというよりかは、この子達と一緒にいられたことが幸せだった。
泣いたり笑ったりしたけど、本気でぶつかってきたから、心が通ってた。
もしかしたら、こういうのってもうちょっと時間が経たないと実感がわかないのかもしれないけれど、本気でぶつかった子達の名前は絶対忘れないし、きっと子どもたちも忘れないでいてくれると信じてる。
きっとまた大人になって会って、色んな話ができるんじゃないかな。
そう信じて止まないです。
本当はみんなにまた会いたい。
あって、先生としてではなくて人対人として色んな話がしたい。
人と人は助け合って生きてる。
僕もみんなに助けられた。
希望をもらえた。
だから、会ってたくさん感謝したい。
僕を慕ってくれて、ありがとう。
僕もみんなのことが大好きだ。
そんなことを、今夜はまた思い出して、過去に耽ってしまいました。
僕にとっては贅沢な4年間でした。
これからは、夢はやる気になれば絶対叶うんだってことを、身をもって子どもたちに証明するんです!
夢に向かって、突き進もう!
先生は頑張る!!
Android携帯からの投稿